画家はツイッターをやるべきか 2




昨日ですね

画家はツイッターをやるべきかという

ブログを上げたんですね。

しかし一晩考えて、

あることに気がついてしまったのです。

棚村
あれ・・・?

これさらに生きづらくなってね?

と。

 

結論を先に言うと、

アカウントを分けます。

 

昨日のブログを踏まえて

もう一度ツイッターの使い方について

考えたことをお話します。

時系列に共存出来ないものがある。

作品の制作スピードと

文字を書くスピードが

同じはずがないのに

 

作品の制作スピードに合わせて

他のやりたいことを

我慢するなんて

 

棚村
無理じゃね?

 

と思ったのです。

 

この状況は、

以前、音楽美術を同時並行で表現した時と

似た状況だなぁ

と思い出しました。

【実験】音楽を美術で表現する①

この作品は、

音楽と美術が

同じ時系列で表現することは

可能か実験した作品なのですが

 

結論からいうと

 

そんな単純なものでは

ありませんでした。

 

例えば

ピアノ演奏の

鍵盤を押すスピードと、

 

絵画制作の

筆のストロークに掛かる時間は

 

明らかに違います

【実験】音楽を美術で表現する②

いろんな表現方法を使って

音楽美術同じ時系列

表現し合うことはできないだろうか」

と試みたのですが

 

美術と音楽の世界で流れている

時間の差は歴然

追いつくことが出来ませんでした。

 

私が今やろうとしていることは

それくらい共存が難しいことではないか

考えました。

面白い画家になりたいわけじゃない

私は

画家になりたい」

と思うし、

面白いものを作る人になりたい」

とも思うけれど、

 

棚村
面白い画家になりたいわけじゃないな

と思いました。

 

それぞれの分野で、

それぞれの成果を

出したいと思うのです。

前回のブログで、

棚村
面白い画家じゃないと勝算がない

と私は言っていますが、

 

それぞれに

ちゃんと向き合っていない

甘えなのではないかと

思うのです。

 

例えるなら、

展示に人が来ないからと言って

展示空間で漫才をはじめるようなものです。

 

物珍しさに

人は集まるかもしれないけれど

 

その作品の薄さや内容の無さは

いずれボロが出ます。

 

また、私は前回のブログで

棚村
これから新しくアカウントを作って勝負していくことに勝算を見出せない

と言っていますが、

正直、誰かに負けるのが怖いんですね。

 

誰かって誰なんでしょう。

私は一体、何と戦うつもりなのでしょうか。

 

そう考えたとき、

最初から敵なんていなかったんだな

ということに気づきました。

 

 

目に見えない敵と戦うよりも

自分が納得できる

自分になれる方が

よっぽどいいなぁと思いました。

 

また私は

 

数奇な人生を生きて来たので

そんな卑屈にならなくても

 

棚村単体で

十分コンテンツに

なり得ると思いました。

 

私の今までの黒歴史一覧はこちら!

合わせて読みたい
プロフィール

アカウント、分けちゃうね

一晩考えて

棚村
アカウント分けた方が生きやすいんじゃね?

という思いに変わったので

 

絵を描くだけでなく、

もっと自由に好きなことができるように

 

ツイッターのアカウントを

新しく作りました!

@tanamu_2

 

こちらが新しい

「絵を描かない方」

アカウントになります。

 

画家の面だけでなく

面白い棚村も好きだったんだよ

 

という方は

フォローしていただけたら

嬉しいです。

ご心配おかけしました

ここ数日間、

twitterの使い方で

本気で悩んでいたため

 

多くの方にご心配を

おかけしました。

 

相談に乗ってくれた友人

見守ってくださった方

 

本当にありがとうございます。

 

アカウントは分かれますが、

引き続きよろしくお願い致します。




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