私はなぜ生きるのか




みなさんは

自分がなぜ生きているか

考えたことはありますか?

 

私は23年間私をやってきましたが

私がなぜに生きているのか

分かりませんでした。

 

広~い宇宙のことはどんどん分かっていくのに

一番近い自分自身の存在理由は

何もわからない

 

こんなことを言うと

 

「これがね~!貴方には存在する理由があるんです!はい!」

「唯一の真実はここにありますよ〜」

 

と言って

カルト宗教の教本を渡されそうですが、

 

この世には宗教がたくさん溢れていて、

それぞれが唯一の真実を謳っていたら

 

それだけでもう、

唯一の答えなんてないようなものです

 

だからこそ、

答えは自分の中に1つしかないのだと思います。

 

自分自身で自分で生きる意味を

見つけて生きるしかないと思います。

なぜ生きるのか

今日はめちゃくちゃ自分の話をします。

 

私はどこかの宗教に所属しているわけでもないし

何かの思想に強く染まっているわけではありません。

 

この問題について考え続けて

やっと答えを出すことが出来ました。

 

今日は私が考えた、

私が生きる理由を3つお話します。

1.生きる過程を楽しみたいから

人生に置いて何を大切にするか考えたとき

「結果を大切にするか」

「過程を大切にするか」

とても悩むことだと思います。

 

確かにいい結果が残せるように

努力することは大切ですが

 

もし結果が得られなかったら、

全部無駄になってしまうのではないかと怖くなりました。

 

結果論でいうと、

人は生きた結果

必ず死にます

 

せっかく一生懸命生きてきたのに

全てが無駄になってしまうなんてとても虚しいなぁ

と思いました。

 

私が過程を大切にするようになったのは

趣味の鉄道がきっかけでした。

大好きな「明智鉄道」から見た景色

 

私は実は鉄道オタクで、

何時間でも電車に乗ることができます。

 

しかし私の鉄道の旅は

どこか目的地があるわけではありません。

  • 夕焼けが夜になる景色を見たり
  • 新しいまちを見たり
  • 座れたり座れなかったり
  • 乗っている人を見たり

 

ただ電車に乗っているのが楽しい

ということに気がつきました。

 

私は人生を1つの鉄道旅行と考えるようになりました。

 

生きていること自体を楽しむことができたら

きっと楽しいなぁ、いいなぁと思っています。

2.棚村彩加として生きたいから

花を見て美しいと感じたことはありますか?

 

「花は誰のために咲くのか」考えたとき、

花は人を感動させるために花を咲かせていません。

 

それだけではなく受粉や生命存続に関係なく

花を咲かせていると言われています。

 

人はそういう

 

「見返りを求めず一生懸命頑張っている姿」を求めます。

 

しかしこれは花の話であって、人の話ではありません。

 

私は世間一般が求めている

  • 不幸でも頑張る
  • 見返りを求めない
  • 一生懸命生きる

 

という

「理想的な人間」を生きることが心苦しいなぁと

思うことがあります。

 

同じように「理想的な画家」を考えたとき

  • 苦労しなくちゃいけない
  • 貧乏をしなくちゃいけない
  • とんでもない人生を生きなければならない

 

という

世間の画家のイメージ通りに生きるのは心苦しいなぁと

思うことがありました。

 

私はこれまで

「画家として生きていく」か

「棚村彩加として生きていくか」

ずっと悩んでいました。

 

しかし最近思うのは、

私は「棚村彩加」という仕事を一生かけてしているのだ

ということです。

 

 

「画家」とか「絵描き」だとか

分かりやすい肩書きを求められている気がするけれど、

 

それは「棚村彩加」を生きる手段でしか無いのだと

私は思います。

 

「理想的な人間」でも

「理想的な画家」を生きるわけでもなく

 

私は自分が求める「理想的な棚村」を

生きていくことが、

私の生きる理由なのではないかと思います。

3.勉強したいから

私は勉強するために生きています。

 

なぜなら勉強をすると

自分の悩みやこの世の不思議が

1つ1つ解決することが出来るからです。

 

この世にはたくさんの根拠のない言葉が溢れていて、

根拠がないにも関わらず、信憑性があり

みんなが盲目的に信じているものもあります。

 

根拠のない思想から身を守るには

勉強したり自分で考えるしかないと思っています。

 

問題を解決出来たこの瞬間、

私はこの世のしがらみから

1つ自由になれる気がするのです。

 

人生における問題は

どれだけ問題を解決することが出来ても

また成長した自分のレベルに合った問題がやってきます。

 

それがとてもおもしろく、

人生をかけて

多くの問題を解き明かしたいなぁと思うのです。

やりたいことをやりたいから生きる

今日は私はなぜ生きるのか、

  • 生きる過程を楽しみたいから
  • 棚村彩加を生きたいから
  • 勉強したいから

という3つの理由をお話しました。

 

だけど一番最後に言いたいのは

私は

やりたいことをやりたいから生きる

ということです。

 

 

こういうことをいうと、

「人は苦しんで頑張るものだ!」

「楽しんだら神様からばちが当たるぞ!」

「この世は修行の場だぞ!」

と言われそうですが、

 

これこそが②であげた、

 

世間が求める「理想の人間」の

押し付けなのではないかなぁと思います。

 

 

私は去年の2018年、やりたいことを叶えてきました。

 

こちらが去年に制作した

(旧)やりたいこと100のリストです。

やりたいこと100のリスト 

  • バンジージャンプをしてみたい
  • 北海道にいってみたい
  • 牧場でバイトしてみたい
  • 農場でバイトしてみたい・・・など

 

こちらが叶えられたことの1つ、

バンジージャンプをしてみた記事です。

画家と格闘家でバンジージャンプに挑戦した話

1つ1つ挑戦していくことが

楽しくて、ワクワクして

とても生きている心地がしました。

 

これからもやりたいことを叶えていきたいのですが、

 

去年制作したやりたいこと(旧)100のリストが

ほとんど叶えられてしまったので

 

新しくやりたいこと100のリストを作りました!

やりたいこと100のリスト 改

こちらが新しいやりたいこと100のリストです。

 

これからもやりたいことをやるために

私は生きていきます。

 

 

 




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