死んだら死んだで生きてゆきます

人はどういうわけか、自分だけは絶対に死なないと思っている自分だけは不死身で、永遠に生きられると信じている。

私がオギャーと声をあげて生まれて来た時、近くで祝福してくれた大人たちは少なくとも先に死んでしまうという事実に気づくには本当に時間がかかった。
おばあちゃんが癌で死ぬなんて想像していなかったし、お母さんとお父さんはずっと家族でいてくれる気がしていた。

・・・私は気づいてしまった。私自身もいつか死んでしまうということ

死にかけた高校生

私が死を意識し始めたのは高校生のときだった。

高校生の棚村。すでに死にそう

高校生時代、私は岐阜県瑞浪市から岐阜市にある美術科の高校に通うため、朝4時に起きて朝ごはんとお弁当を作り、始発の電車に乗り込み、片道2時間かけて高校に通っていた。家に帰るのは22時。そこから宿題や課題をこなして24時に寝て、朝4時に起きる。そんな無理な生活をしていると次第に体が壊れ始め、胃カメラを入れるような病気になったり原因不明の吐血をすることがあった、訳あって手術することもあった。

通学途中に回転性めまいを起こして動けなくなった時、救急車の中でぐるぐる回る景色を見つめながらこんなことを思っていた

「あぁ、私死ぬんかなぁ」

「どうせ死ぬなら、真面目に絵を描くだけじゃなくて、お笑い芸人にもなりたかったなぁ。」

と。

三日くらい入院して、回転性めまいの原因が前提にあり、目の疲れからきていることが分かった。上手くなりたい一心で闇雲に苦しくなるまで絵を描いていたのだと思う。思えば当時、視界の中で原色がパカパカ光っていて、閃輝暗点した景色を眺めていることが多かった。絵を真面目に描きすぎると体を壊すことを学んだ。

生き残った私は、退院してすぐ、一緒にお笑い芸人をやってくれそうな友人に連絡した

「明日死ぬかもしれんしお笑い芸人やろう! 」

友人は快くOKしてくれた

どうせ死ぬならお笑い芸人になりたい

私たちは吉本新喜劇が主催している高校生の漫才大会「ハイスクール漫才2013」に出場しようと決めた。

私たちはすぐに漫才のネタを作った。最初に作ったネタは高校生らしく「帰り道で買い食いしてみたい」というネタだった。忙しく貧乏な高校生活を送った私は、友達と肉まんとか焼き鳥とか買い食いするのが憧れだった。その思いを相方が汲み取ってくれた。

初めての漫才

(ネタは全然面白くないが楽しそう)

当時は絵を描くことなんかより、よっぽど漫才している方が楽しかったのを覚えている。綺麗な絵を描くこともいいけれど、面白いものを作ることも楽しいなぁと思うようになった。今私が「絵画」と「面白いコンテンツ」の両立ができているのは、これがきっかけになっている。やりたいことってやってみないと分からないものだなぁと思う。

初めて出場した ハイスクール漫才2013では初戦敗退だった。だけど漫才の楽しさを知ってしまった私たちは1年間研究と修行を重ね、よく年のハイスクール漫才2014で地区大会を突破する。結果はイオン賞で終わってしまったけれど、漫才をしているとき、生きてて本当によかったと思えた。やりたいことやってよかったと思えた

漫才をする姿。

コンビ名は「ハッピーデリバリー」

漫才をある程度楽しんだところで、「いつか死ぬなら、めちゃくちゃ絵が下手だけど東京藝術大学に合格してみたいなぁ」と思った。死ぬほど努力して受験する。そして受かる。

どうせ死ぬなら東京藝大でハッチャケたい

藝大に合格してもお笑い芸人のスキルが生かされる場面があった

取手アートパスのCMに出たり

顔面で音楽を表現したり

 アイドルになりきってみたりした

数々のパフォーマンスをする中で、絵を描くほど病んでいく自分がいたけれど、藝大に来なかったら病むほど真剣に絵画に向き合う機会なんてなかったかもしれない。

以前、

東京藝術大学の学生生活は本当に病むから気をつけた方がいい

2018.03.02

という記事書いた。そのせいもあって

「東京藝術大学に入学して後悔はありますか?」

と聞かれること多くなったけれど後悔は無い。それが高校生の自分が選んだ道であり、藝大に行ったからこそ分かることが多くあったからだ。とはいえ心は死んでしまっていたので、心が死んでしまったのを展示にしようということで学部3年生のとき、「死んだら死んだで生きてゆきます」というグループ展を銀座モダンアートで開催したりしていた。

「死んだら死んだで生きて生きます」Twitterアカウント→

(@shindara0815)

「死んだら死んだで生きてゆきます」

展覧会DM

「明日死ぬかもしれないのに、いつ来るかも分からない未来のために今を我慢したり、やりたいことをやらないなんてもったいない。けれど失敗したり後悔することが怖い」という人がいるかと思う。

私は思う。みんな初心者なんだから失敗して当たり前失敗したことは面白コンテンツとして発信すれば良いし、後悔したことは次に活かせばいいだけ。大丈夫!死んだら死んだで生きていけるから!

私が死ななかった例

①元旦の極寒の中、外にベッド置いて寝ても死なない

1月、庭にベッドを置いて寝続けるパフォーマンスをする棚村

(風邪を引いたのでもうやらない)

②檻の中で四日間過ごしても死なない 

檻の中で生活する棚村

(腰を痛めたのでもうやらない)

まとめ

こうも自由に生きていると、安定したレールを進んでいる人から「老後どうするんだ、今はかろうじてその辺の草を食べて生きて行けるかもしれ無いが、老人になったら草も取れなくなるぞ」と聞かれることがある。

だけど私は「いつか死ぬこと」より「明日死ぬこと」の方がよっぽど怖い明日突然目が見えなくなって絵が描けなくなる方がよっぽど怖いだから今絵を書いたり面白いコンテンツを作りたいと思う。失敗することもある、今後だってたくさん失敗することもあると思う。日本という国で失敗して死ぬことは無いし、死んだら死んだで生きていけるので全力でやりたいことをやろうと思う

おまけ「社会的に死んだら?」

時折、私は社会的にぶっころされることがある出る芽はぶっ潰していく我が国日本。例えば私の2ちゃんねるのスレッドにはこんなことが書かれいる。

「くさそう」

「パンツ履いてなさそう」

など

こんなことを書かれては、いつか私が就職したくなった時に大変です。面接官の人にいくらアピールしても、

この子くさそうとか書かれてたし落とすか

パンツ履いてない奴は我が社に要らん

ということになりかねません。臭くないしパンツも履いてるのに・・・

そういう時、自分がこの宇宙の銀河の刹那の幻にすぎない米粒のようなものだと自覚することが大切です。私が何か一生懸命に文章を書いた文章も2チャンネルのスレッドも宇宙人から見たらよく分からん記号でしかないということ。小難しくこねくりまわして出て来た答えも、悟った答えも、悪口も、宇宙人から見たらただの形が羅列されてるだけだということを思い出してください。日本の社会に殺されても大丈夫、宇宙はもっと広いのだから。 

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