「病んでる時ほど良い絵が描ける」を脱出するために




みなさんは画家にどんなイメージを持っていますか?

 

私も含む画家の中には「病んでる時ほど良い絵が描ける」という人がいます。

 

偉大な画家が病んで耳を切ってしまったのは有名な話ですが、

 

どうして病んでる方が良い絵が描けてしまうのでしょうか

 

また、どうしたら幸せな状態でも良い絵が描けるようになるのでしょうか

「病んでる時ほど良い絵が描ける」とは

病んでいた時の棚村

これを考えたとき、まず

「病んでる時ほどいい絵が描ける」とは

一体どういうことなのかを考えました。

 

美大生時代、私は病んでいた時の方がいい絵が描けていました。

現実問題、そういう現象は存在すると確信しています。

 

しかし、

  • 悲しみや怒りをキャンバスにぶつけられるから
  • 表現することでストレスが発散されるから

 

と言う単純な話ではなさそうだなぁと思っていました。

 

私には師匠がいるのですが、彼はこのようなことを言いました。

人間には押しつぶされそうな現実があるの

その現実に押しつぶされないように空想するの

その空想はしかし空想だから脆いの、すぐ忘れちゃうわけ。

だから形にして留めておきたいと思うんだよね。

(引用 師匠とのLINE)

この言葉を聞いたとき、心の中がぐさぐさと刺さるものがありました。

 

師匠の言うように

押しつぶされそうな現実から空想に逃げ、脆い空想を形として留めておくには病んでいる方が良い

と言われると、確かにそうだ、と納得が行きます。

 

病んでしまう仕組みは、こう言う仕組みだったのですね・・・

抜け出せない病みループ

一粒のアスピリン

(病んでいた時の棚村の絵)

 

このままでは本当に

幸せになるために絵を描いているのか、良い絵を描くために不幸になるのか

絵を描く意味が分からなくなってしまいます。

 

 

絵を描くことに依存しているのではなく、病むことに依存してしまわないか・・・

また不幸より、自分の幸せに向かい合う恐怖の方が大きく、恐怖をやり過ごす手段になっていないかと私は思うのです。

 

 

しかしながら

物作りにおいて、空想することは必須です。

イメージがなければ何の絵も描くことが出来ません。

絵を描くとき、誰もが空想から逃げることは出来ないのです。

 

中には良い絵が描けることが全てだ、と思う人もいるかもしれません。

でも私は、現実が幸せな時も、良い絵が描けるようになりたいと願います。

 

どうしたら病みのループから抜け出すことができるのでしょうか。

空想の仕組みを変えよう

空想から逃げることは不可能なので、

どうしたら仕組みを変えることができるか考えました。

 

現実が不幸空想できる良い絵が描ける

現実が幸せ空想ができない良い絵が描けない

↓こうなるのがベスト

現実が幸せ空想ができる良い絵が描ける

 

この仕組みにする為には1つの矛盾を取り除かなくてはなりません

 

「幸せだと空想が捗らないんじゃないか」

 

という矛盾です。

 

確かに、不幸でいた方が妄想が捗ります

私もついつい死んだペットのこととか考えてしまいますが・・・

 

 

しかし、それは前に進もうとしない自分への甘えではないでしょうか。

プロの画家ならばどんな精神状態でもいつも通り絵が描けるべきだと私は思います。

 

病んでいる気持ちに任せて、勢いで筆を持たないように

空想を日常にするには、どうしたらいいのでしょうか。

 

空想を日常にするための4つの方法

私はどんな時も絵が描けるように

空想をする為の訓練が必要なのではないかと考えました。

 

こんな気分屋の私が

日常的に空想するためには・・・

と考え、

 

  • 空想を習慣化する
  • 健康に生きる
  • 思い込みを治し、自分の理想を掲げる
  • 肯定的に生きられる場所へ引っ越す

 

この4つの方法を考えました。

順番にお話していきます。

空想を習慣化する

私は今まで、気分が向いた時しか絵を描くことができませんでした。

それは気分に合わせて空想していたからではないかと考えました。

 

朝起きる時間や夜寝る時間が不規則だと、

お腹がすいてしまう時間が変わってしまうように

 

気分に合わせて空想するのは、

制作のテンションを左右してしまうのではないでしょうか

 

自分の話になりますが、私は毎日一冊は必ず本を読むというメニューを組み、

ひたすらそれをこなしてみました。

 

1日にこれをやると決めると

確実に日々積み上がって行くものがあり、

安心感がありました。

 

また最初は1日に1冊も読めなかったり、

1日に2冊以上読んでしまうこともありましたが

 

それが日常になってしまえばハードルが低いなぁ

という手応えもありました。

 

空想も同じように

  • 毎朝起きた時にゆめ日記を書く
  • 1日1枚ドローイングする

 

など、少しずつ

 

毎日決まった時間に三食ご飯を食べるのと同じように

 

日常に決まった分だけ

空想する時間を取り入れてみる

 

のはどうかなぁと思います。

健康に生きる

私は学生時代めちゃくちゃ貧乏しました。

具なしパスタとか、すいとんとか、米ばかり食べていました。

 

そんな破滅的な食生活をしていたら

精神的にも身体的にも病んでしまうのは目に見えています

 

今から私はめちゃくちゃ当たり前のことを言いますが、

 

栄養のあるものをしっかり食べることは

めちゃくちゃ大事です

 

もちろん油絵の具やキャンバスなど画材にはお金がかかり

食費どころではない!

と思う人もいるかもしれませんが、

 

画材よりも自分の健康を優先した方が

後々制作の効率がいいのではないかなぁと思います。

思い込みを治し、自分の理想を掲げる

画家はたくさんの「画家の理想」に悩まされている気がします。

 

  • 画家は不幸で在るべき
  • 画家は貧乏で在るべき
  • 画家はとんでもない人生を生きるべき

 

多くの不幸を求められていますが、それは世間の願望だと私は思います。

 

よく人は理想的な人間になりたいと思いますが、理想的な人間なんてありません。

それはそこらへんに寝ている猫に対し「理想的な猫になれ!」と命令するのと同じくらい馬鹿馬鹿しいことです。

本来、猫も、人間も、画家も、ただ在るだけです。

 

世間が求めている画家の理想を叶えようとするのではなく

否定的な思い込みを一掃し、

 

自分が自分に求める理想像を叶えられるように

生きていくのはどうでしょうか。

肯定的に生きられる場所に身を置く

世間の人は

「こんな生き方は普通じゃない!!」

と言いますし

 

自分の身内である親戚も

「普通に生きて欲しい・・・」

と心のなかで願っています。

 

私も今まで数多くの言葉に惑わされてきましたが、

 

「普通」と言う言葉には定義がなく

国や地域、家庭によって異なり、

もうこの世に普通なんてないような気がしていました。

 

周りの「普通」が嫌になってしまったとき、

自分にとっての普通の場所へ身を置くのはどうでしょうか

 

私は以前、都会にいるといろんな物の影響を受けやすいので

山梨県都留市という田舎に8ヶ月住んでいました

静かでのんびりとした山梨県都留市

 

また、山梨県都留市には、

コワーキングスペースteracoという

多くのフリーランスが移住したコミュニティが存在します。

 

私が以前山梨県都留市に住んでいたとときは

よくコワーキングスペースteraco

を利用しました。

コワーキングコミュニティteraco

 

多くのフリーランスと関わることでそれが普通になり、

フリーの画家として生きる元気をもらいました

 

自分が肯定的に生きられる場所へ身を置くのは、方法の1つだと思います。

病まないこと、それが一番大事

病んでいるときほどいい絵が描けるのは

「病んでいる時ほど空想が捗るから」ということが分かりました。

 

しかし、気分で空想するのではなく、

日常に空想する時間を取り入れることで

 

幸せな時でも空想できるようになるのではないかと考えました。

 

だけど最後に言いたいのは、

病まないことが一番だということです。

 

一度病んでしまうと勢いで良い絵が描けてしまうことがあります。

 

「病んでる時ほどいい絵が描けるからもっと不幸になろう」

 

というループにハマってしまったときは、

 

絵を描くことを優先するのではなく、

自分の心を優先するのが大切だと思います。

 

みんなが楽しく絵を描けますように

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました

#病んでる時ほど良い絵が描ける

 

(写真提供 松田大輔さん)




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