作品について

心密か

「今まで私はどこにいたんだっけ」

 

部屋に差し込む光に気がついたのは14時のことでした。コンタクトレンズをつけたまま寝てしまったので、黒目が瞼にくっついて離れませんでした。

 

目を開けなければいつまでも眠れる心地がしたのですが、昼の眩しい光には勝てませんでした。微睡みながら体を起こすと、昨日まで心をいっぱいにしていた心配ごとが無くなっていました。

 

そこにあるのは整然とした時の流れだけでした。

 

私は前日まで、東京都美術館にいました。東京藝術大学の卒業制作展示のためでした。最終日だったその日は全ての展示物を撤去し、赤帽さんのトラックに乗って搬出をしていました。

 

持ち帰った2メートル越えの作品を、大学寮の共有スペースで必死に分解していたら、通りかかった油画専攻の後輩が手伝ってくれました。

 

「先輩、死にそうな顔してますよ」

 

彼のおかげでたったの2時間で卒制はバラバラになりました。半年かけて描いた絵は、さらさらとキャンバスと木枠になりました。魂が抜けてしまった体みたいでした。

彼へのお礼に鯖の焼き魚定食をご馳走したら、鯖の脂が回ってしまいました。私はトイレで吐きました。「大丈夫ですか?」と誰かが言っていたような気がするのですが、そんなことはどうでもいいように思えました。

 

私がこんな朝を迎えてしまったのは、この展示に人生のほとんどを賭けてしまっていたからでした。

 

貯めた貯金でF150号の木枠を2枚購入し、F150号のキャンバス布を3枚購入し、絵の具も大量に消費していました。

 

このお金だけで3ヶ月は生活できたと思います。

 

こんなに必死になっていた理由は「とにかく1番の作品を作りたい」「みんなに負けない作品を作りたい」「賞をとりたい」「あわよくば首席をとりたい」…というものでした。

 

他にも作品に対する熱い情熱はありましたが、かなりネガティブな方に走っていた気がします。ヨコシマなことばかり考えていたものですから、作品が良くなかったのは予想がつきますよね。私は心なんかじゃなく、お腹の真っ黒な部分で絵を描いていたんです。

 

そんな虚無な目覚めでも、その日はカメラマンの友人と撮影の予定がありました。彼は制作している私を撮影したいとのことでした。

 

私はF8号の小さなキャンバスと絵の具を持って、彼とアトリエへ行きました。いつも揮発したテレピンの匂いが充満しているはずのアトリエは、すっかり新しい空気に入れ替えられていました。

 

10帖のアトリエは、F150号を2枚描くには苦しいのですが、F8号を制作するには余裕のある空間に思えました。

撮影中、私は清々しい気持ちで描いていました。卒制が終わった安堵で、心に余裕があったのでしょうね。

 

F150号を2枚というとんでもない大きさより、F8号という大きさは身の丈に合ったちょうどいいサイズでした。

 

卒制が終わったので、「とにかく1番の作品を作りたい」「誰にも負けない作品を作りたい」とか、考える必要はもうありませんでした。ただのんびりと描いていました。

 

この時ふと、私は誰かに負けるのがずっと怖かったんだと思いました。本当は自分の実力のなさは分かっていました。運良く藝大に入れたのも分かっていました。けれど自分ならもっと大きなこと出来るんじゃないか、そう思って期待していました。期待して、大きすぎる課題を用意しては、自分から破滅していきました。

 

写真撮影が終わった頃には作品が完成していて、目の前に出来た絵画に私は驚きました。私が普段使わない青色の、淡い景色が広がっていたからです。カメラマンの友人も楽しそうに絵を見てくれました。

 

思い返せば、「棚村大丈夫?」「棚村無理しないでね」

「棚村は油画で1番最初に死にそう」と同期が言ってくれていたことがありました。

 

私は自分のことに一生懸命で、目を瞑ったまま走り続けていました。誰にも愛されていないと思っていました。心配したり、励ましてくれた周りのことなんて、見える視野がなかったのです。

 

心に余裕をもつということ、人に愛してもらったことを忘れないように、

感謝の気持ちを秘めておきたい。そういう経緯でこの作品は生まれました。

 

目の前に広がる淡い景色はきっと誰かがくれた色々で出来ているのでしょう。私はそれをずっと忘れないで生きていたいと思います。

 

 

心密か

455×380
キャンバスに油彩
2018/棚村華恵子

455×380
oil on canvas
2018/Keko Tanamura

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