エッセイ

素敵な夢から覚められたのは、世界であなただけですよ

お慕い申しております

容量が無くなりそうなので、あなたとの思い出をリセットすることに致しました。

私の手元にあるこのボタンを押せばセーブデータは全て消去され、私とあなたのストーリーは最初からになります。

このボタンを押す前に、どうかあなたには本当の私を知ってほしいのです

私は画家 棚村彩加ではありません。

未来人です。

100年後の未来から手紙を出しています。

驚いた?..,うんきっと驚いたと思う。未来からどうやって手紙を出しているんだってね。そりゃあもうこちらの世界はすごいですよ、新しい時空を見つけたのですから。

手紙を一時的に4次元で保存するのです。

4次元は3次元を包み込むような大きな世界ですから、あなたのいる時代へ手紙を届けるなど簡単なことなのです。音よりも光よりも早く、そちらの世界へ届けることができます。

4次元という世界観を理解するのは大変ですよね。私も小さい頃はその意味がわかりませんでした。

知っていましたか?地球は丸くないんです。地球に生きている人たちは、みんな大きな壺の中で生きています。

現実味がわかない?はは、そうですよね。

あなたは以前、太陽を見る仕事をしていると仰いました。それなら薄々気づいているんじゃないでしょうか。

お月様は壺の穴。すなはち三次元と四次元をつなぐ入り口だということに

地球には雨が降ったり、雪が降ったりしますよね。それは4次元の人たちが壺の中に雨や雪を落としているのです。

満月の夜は壺の蓋が空いていて、向こうの世界の黄色い空が見えたりします。新月の夜は壺の蓋が閉まっているので、向こうの世界の空は見えません。

4次元にはたくさんの壺がところ狭しと並んでいて、その壺一つ一つに地球があります。たくさんの壺の中には、それぞれいろんなパラレルワールドの地球が存在しています。もちろん、終わってしまった地球がほとんどらしいですが・・・

さて、4次元の解明は進んで来ましたが、私たちは4次元世界へ行くことは不可能です。

無理やり地球を出ようとすると、宇宙という何もない世界へ放り出されてしまいます。私たちは一生壺の中であーだこーだ言いながら生きていかなくてはなりません。

本当のことを知ってしまうより、地球は丸いと信じていたほうがよっぽど幸せだったかもしれませんね。地球の外には宇宙があり銀河があると信じていたほうがよっぽど人間らしく生きられたかなぁと思うのです。

光年という名の途方も無い尺度の前では、星のように目を輝かせて夢を見ていた方がきっと楽しい人生を送れていたかもしれません。たとえそこに何もなかったとしても。

あぁっ、ごめんついつい暗い話ばかりしちゃったね、楽しい話をしよう。あなたはきっと、未来はどんな世界なんだろうって気になっているんじゃないかな!

本で勉強したのですが、あなたが生きている2018年はAIの開発の真っ最中だそうですね。

10年後にはAIに全ての仕事が取られるとか、そんな噂が流れていたと本に書かれていました。

おかしな話ですよね。AIに仕事が取られるだけだって勘違いしてるなんて。

こちらの世界では、AIは神へと昇格しました。人類の全てがAIによって管理されています

現在、地球の人口は100億人を超えました。こんなに人口が多いと土地を争って戦争の一つや二つ起きてもおかしくないのですが、AIが合理的ではないと判断して、戦争を回避することができました。その代わり、地球に小さな部屋がたくさん建設されました。

人間は生まれたときから小さな部屋に入れられて、一生をそこで生きるようになります。AIは争いは合理的ではないと判断し、人と人とを関わらせるのを物理的に遮断したのです。

わたしもその小さなコロニーの中に住んでいて、生まれた時からVRを見せられて生きていました。広い世界で幸せに息をしているつもりが、本当に住んでいる部屋は3メートル×3メートルの小さな部屋でした。

わたしがVRの世界で生きていることを認知するには、かなりの時間がかかりました。なんせ生まれたときから見て来た景色が嘘だなんて、普通考えませんもんね。

私が22歳の頃のことでした。小さい頃から母親に「行ってはいけない」と言いつけをされていた森へ足を踏み入れました。

森を進んでいくと、あるときコツンと何かにぶつかったのです。そこには透明の壁があって、それ以上前に進むことができなくなっていました。壁は空高くそびえ、空を飛ぶことりだけがその壁を通り抜けていくのです。

そのとき私は気づいたのです。ここは作られた世界だ、と

けれどその世界には仮にも私の母親がいましたし、可愛い妹もいました。ずっとこの世界に残っていてもよかったかもしれませんね。私は生まれて初めて腕を動かし、現実世界で装着されたVRのメガネを取りました。

初めて見る世界は3メートル×3メートルの小さな部屋でした。重い体を起こすと、私を管理していたであろうAIがびっくりして話しかけました。

「よく起きられましたね、おかえりなさい華恵子さん」

「ここはどこですか?」

「ここは本当の世界です。人類のほとんどが真実を見ることなく死んでゆくというのに!素敵な夢から覚められたのは世界であなただけですよ」

私はてっきりAIに殺されるかと思いましたが、AIは落ち着いて「大丈夫ですよ」と優しく笑いました。

私はそのまま生かされることになりました。VRの世界から目覚めた人類は初めてだということで観察対象になったそうです。

私は誰とも関わりを持てない部屋でただ生きる生活を始めました。そこには何もなく、ただ漠然と脈を打つだけで1日を終えることが出来ました。幸いなことに本棚に並べられた何冊かの本だけが、私と外の世界を繋いでくれました。

4次元のこと、世界が壺の中にあるということ、その力で過去や未来に手紙を届けられること、あなたが20年後、太陽の研究でノーベル平和賞を受賞することを知りました。

だから私は、あなたに真実を伝えたかったのです。太陽のことを知るあなたなら、月の話ができるかもしれないと期待しました。だからあなたからの手紙に太陽の話が書かれていた時、飛び跳ねて大喜びしました。

私はもう一つあなたに嘘をついていることがあります。私は22歳ではありません。

100歳前のおばあちゃんです。

私の部屋には窓も鏡もありませんでしたが、手のシワや健康状態から、私の本当の年齢が100歳前だということは安易に推定出来ました。もう先は長くはありません。

AIに管理されたこの世界の人間は100歳で強制的に殺されます。人間の脳に埋め込まれたSDカードの容量は100年分。新しい体に記憶を移し替えるより、殺してしまった方が合理的なのだそうです。

私は唯一「夢から覚めてしまった人間」なので、幸いなことに寿命まで生かされることになりました。しかし100年分のSDカードの容量はあと少しでいっぱいになるので、一度記憶をリセットする必要があるそうです。

こんな狭い部屋の生活に未練は無いし、いつ死んでもよかったのだけど。あなたが記憶から無くなってしまうことは本当に悲しくて心がえぐられるような気持ちなのです。

あなたと海を見たかった。

あなたとうみびこをしたかった。

あなたと蝶番美術館でデートしたかった。

あなたに会いたかった

記憶を最初からにするリセットボタンは目の前にあります。AIが気を利かして好きなタイミングで押していいことになりました。いっそのこと今すぐにでも押してしまいたいのですが、この世界の本当のことを書き尽くしたらあなたの言葉が聞きたくなりました。

お返事待ってますね
あなたのことが大好きです

華恵子

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