粉っぽいタコ焼きと、おばちゃんの話




私の好きな駅が、山梨県にありました。

駅舎のお洒落さもさることながら、

そこに小さなたこ焼き屋さん

あったからです。

 

とあるローカル線の駅を降りて、

目の前の細い道路を

50メートルくらいまっすぐ行って、

ちょうど右手にそのお店はありました。

 

お店の見た目は「田舎」という感じで、

少なからず新しい建物ではありません

 

初めて来る人は

「本当にここやっているのかなぁ」

と思うのではないでしょうか。

雨の日のタコ焼き

その日は雨が降っていました。

梅雨の季節だったのですね。

当時の私は毎日のように落ち込んでいました。

 

今コンビニに入ってしまえば、

「自分へのご褒美」という名目で

沢山のデザートを

買ってしまいそうだったので、

 

なんとなくそのたこ焼き屋さんに

入ったのでした。

粉っぽいタコ焼きとおばちゃん

店員さんはおばちゃんでした。

おばちゃんはもう、

「theおばちゃん」と言う感じの、

いかにもおばちゃん。

 

とにかく元気なのです。

ニコニコしているのです。

 

記憶が美化されて、

本当はそんな太陽みたいじゃなかった

かもしれないけれど、

 

少なからず彼女に

温度があるように感じました。

 

いくつかおばちゃんと会話を交わして、

たこ焼きを焼いてもらいました。

 

彼女の作るたこ焼きは、

普通のたこ焼きでした。

 

少し粉っぽかったかもしれません。

いや、粉っぽかった

所々に小麦粉のだまがあった気がします。

 

けれどこのたこ焼きは、

心が疲れている私にとって

とても美味しかったのです。

 

そんな大した話もしていなかったけれど、

(もしかしたら話たかもしれないけれど)

彼女に会えて本当によかった、

 

人の笑顔には未知の力があると

しみじみ思いました。

たこ焼き屋さん、再び

それから一年たった今日、

私は再びそのたこ焼き屋さんに行きました。

 

もう、ほんのさっきの話です。

もう・・・ほんの、ほんのさっきの話なのです。

 

おばちゃんは、もういませんでした。

 

たこ焼き屋さんにも、

病院にも、

この世界のどこにもいないのです。

 

去年、私が山梨県を離れてすぐの頃に

急にお亡くなりになられたと、

 

その場にいた若い男の店員さんが、

「もう1年も前の話です」と

教えてくれました。

 

私はこの一年、

大好きな人がいなくなったのに気づかずに、

 

あーだこーだ言いながら

のうのうと生きていたのです。

 

心の底から

「もう一度会いたい」と思いました。

 

もっともっと本心を言えば、

彼女のたこ焼きを

お腹いっぱい食べたいのです。

 

その辺のコンビニのデザートじゃなくて、

あの粉っぽいたこ焼きが食べたいのです。

 

「あれからこんなに成長したんだよ」って、

沢山話がしたいのです。

 

強欲な自分の人間臭さを

目の前にしてウンザリしながら、

 

どうしようもないことばかり夢をみて、

どれも叶えることが

できないのだと思いました。

最初から分かっていたこと

私は時たま、

なんで生きてるんだろうと考えます。

 

そんなことを考えてはキリががないし、

きっと心ごと持っていかれそうな

心地になるのです。

 

けれど「少し考えて日々更新」を

繰り返してるうちに、

今日もこんなことを思うのです。

 

大切なものを「今」大切にしたい。

 

でもこれ、

前にも考えたよなって思うんです。

 

自分のあらゆる幸せに、

いなくなってから気づくなんて

「最初から分かっていたでしょう」って。

 

大切な人と一緒に

今を生きていたいと思っても、

 

両手からボロボロ

溢れてしまうものが沢山あって。

 

あぁ、今日はタコ焼きが食べたい。




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