考えたこと

画家は誰のために絵を描くのか

みなさんは画家は誰のために絵を描いていると思いますか?

 

私も時々、

「誰かのために描いているのかなぁ」

「自分のために描いているのかなぁ」

と悩むことがあります。

「誰かのために描いたら本当に表現したいことが出来ないのではないか」

「独りよがりな絵を描いたら、誰も理解できないのではないか」

・・・

 

こんなことをめちゃくちゃ考えていたら、

何が何だか分からなくなりました

 

この悩みを解決するために、まず

 

画家にとってお客さんとは誰か目的とは何か、

定義する必要があると思いました。

 

画家にとってのお客さんと目的を定義した上で、

画家が誰のために、そして何のために表現をするのか、

考察したことをお話します。

画家にとってお客さんとは

画家にとってお客さんはとは誰かを考えたとき

それは「絵を買ってくれる人」という単純な答えなのでしょうか。

 

私は違うと思いました。

 

絵画の数には限りがあります。

また、展示を無料で開催したり、多くの作品はツイッターで無料で見ることが出来ます。

 

そう考えるとお客さんは単に「絵を買ってくれる人」だけではないような気がします。

では、画家にとって本当のお客さんとは誰でしょうか。

本当のお客さんは誰か

私はいつも応援してくださる方から、沢山の支援をいただいて生きています

野菜やお米、本などの物資支援やクラウドファンディングなど。

 

目に見える支援だけじゃなく

  • 「無料でツイッターを見てくれている人」のおかげでファンがついたり、
  • 「無料で展示に足を運んでくれる人」がいるおかげでスポンサーがついたり。

 

単純な売買で成り立っているわけではないんですね、

 

「〇〇がなければ画家をやっていけない」に当てはまる人全員が、画家にとってのお客さんなのではないかと思いました。

それはつまり、画家に関わる人のほとんどがお客さんなのではないか、ということです。

 

もちろん、画家自身もお客さんの一人だということを忘れちゃだめなんですね

画家がいなかったら絵は生産できないので、画家自身も大事なお客さんです。

画家の目的を定義する

美術館に行くとき、お客さんが求めているものは何でしょうか

私が中学2年生のとき愛知県立美術館で初めてアンドリューワイエスの作品を見たとき、その描写力やストーリーに心動かされました。

 

上京して初めて渋谷駅にある岡本太郎の「明日の神話」を見た時

「いいなぁ、かっこいいなぁ!」

と立ち尽くしたこともありました。

 

みんなが美術館に行く理由は心を動かしたいからではないでしょうか。

今回、画家の目的は「お客さんの心を動かすもの」と定義しました。

「お客さんの心を動かす」という表現について

お客さんの心を動かすことが画家の定義に対して

「お客さんを幸せにしたい、喜ばせたい」じゃダメなの?

という疑問が出てきます。

これは単に人を幸せにする絵画であったり、ポジティブな作品を作る、見ていて気持ちがいいという単純なものではないと私は思います。

「心を動かす」という大きな捉え方をしています。

私は以前「人を幸せにする絵画は存在するのか」というブログを書きました。

[box class=”green_box” title=”あわせて読みたい”]人を幸せにする絵画は存在するのか[/box]

が、結局「幸せの定義が人それぞれ」の時点で、それ以上は個人の価値観や宗教、哲学の押し付けになってしまう可能性があり、結論は出すのは違うなと思いました。

また私自身が「人を幸せにするために絵画が存在する」という極論的な解釈をしていることに気づきました。

暗い絵を見て心を動かされることもあるし、不道徳的な作品を見て新しい価値を見出すこともあります。

なのでここでは「人の心を動かす」という大きな捉え方で話を進めようと思います。

「社会のための作品を作るか」「画家のための作品を作るか」

人の心を動かす作品を作る際、

「社会のための作品を作るか」「画家のための作品を作るか」大きな疑問が浮かんで来ます。

 

前述した通り社会も、画家自身も「お客さん」として定義したので、

どちらも大切にする必要があります。

 

単純に社会貢献するだけでは自分のスキルが活かされず疲弊するでしょうし、

自分勝手なものを作っては社会に迷惑をかけてしまうかもしれません。

 

「お客さんの心を動かすこと」は少なからず社会にも、

画家自身にも寄せる必要があると私は考えました。

 

 

「じゃあ、どのくらい社会性を持ったらいいの?」

「どのくらい自分の好きにしていいの?」

 

と思う方もいるかと思いますが、

その割合は自由でいいのではと思っています。

 

  • 自分の好きなものを作るけれど最低限人を不快にさせるのはやめよう
  • 社会のために作るけれど自分が楽しめる範囲内
  • 価値観を変えるような過激な作品を作りたいけど法律は守る

でもいいと思います。

ただ、どちらかに全振りしてしまうのは、お客さんである「社会」「画家自身」の両方の心を動かすことはできないと感じました。

純粋な芸術性が無くなってしまう危険について

私はよく考えることがあります。

お金や社会が絡んでくることで「純粋な芸術性」がなくなってしまうのではないかと。

ここでは純粋な芸術性を「社会や金銭が関係しない芸術」と定義します

 

しかしながらお金が絡まない芸術は2つの矛盾を生むと私は思います。

矛盾① 金銭が発生しない芸術は存在しない

しかし、いつの時代も画家にはパトロンの支援で制作していた人や、もともとお金もちの人が多く、売れる人はともかく、そうでもない人は貧乏な暮らしを強いられていました。

いつの時代も画材を買うにもお金が必要で、芸術とお金は切っても切り離せないものでした。

お金が関わると純粋な芸術性がなくなると言いますが、ここ最近の美術史で金銭が発生しない作品はこれまでにありませんでした。

矛盾② マーケティングの構造が崩れる

ここでは矛盾①について(画材費や生きていくにもお金がかかること)は考えないものとします。

  1. お客さんの心を動かしたい→お客さんのために芸術を作る→お客さんの心を動かすことができる→画家の目的は達成される金銭が発生するので不純した芸術が生まれる
  2. お客さんの心を動かしたい→自分のための芸術を作る→自分以外の心を動かすことができない→画家の目的は達成されない金銭が発生しないので純粋な芸術が生まれる

 

このように

画家の目的が達成されることで不純した芸術が生まれ

画家の目的が達成されないことで純粋な芸術が生まれる

 

と考えると、マーケティングの構造が崩れてしまうのではないでしょうか。

 

しかしながら
本当に自由で、社会を無視した純粋な芸術はいい作品なのでしょうか。

私はそうは思いません。

では、完全に自由な作品を作るとどうなるのでしょうか。

完全に自由な作品が存在するなら

自由と聞くと「好きなものを制作できる!」と思うし聞こえはいいのですが

 

  • スカイツリーを爆発させる作品
  • 他人の人権を脅かす様な作品
  • 人を殺す作品

 

はどうなのでしょうか。

 

私は完全な自由は脅威になると考えます。

人の心を動かすどころか、

迷惑をかけてしまうかもしれません

 

人間は自由だー!と主張する人が多いですが

自由に生きている様に見えて誰一人として完全な自由な人間はいないのです。

不自由の中に可能な自由を見つけて生きています。

 

純粋な芸術が見たいと夢を見がちですが、

「お客さんの心を動かしたい」と思うなら

自分勝手に表現するわけにはいかないと思います。

 

目的に置いて、お金や社会を関与しない芸術は不可能なので、

「純粋に近い芸術」を作るしかないのかもしれません。

好きな作品を作っちゃだめなの?

こういうことを言うと「じゃあ好きな作品は作っちゃいけないの?」と不安に思う方もいるかもしれません。

私は作家が自分の好きな作品を作ることは何も問題はないと思っています。

 

しかし、好きな作品を作ろう!と思ったとき、

制限された自由の範囲内である必要があると思います。

 

前述した通り完全な自由は迷惑をかけてしまったり

脅威になりかねないと思うからです。

 

そうすることで少なからず社会と繋がることができるのではないでしょうか。

人の心を動かす作品とは

では、人の心を動かす作品とはどんなものでしょうか

 

私は「生きる意味を見いだせる作品」

に出会うと生きてて良かったなぁという心地がします。

 

私は価値観は人それぞれで、定義はないと思っています。

みんな違ってみんないいと私は思います。

 

しかし黄金比の様に美しいと定義されたものは存在するので、

「良い作品の定義は無い」と言い切ることは出来ません。

 

みなさんは、作品を見て心が動いたことはありますか?

どんな作品に出会うと心が動きますか?

前を向いて、作品をどんどん制作しよう!

私は今回のブログで、

  • 画家にとってお客さんは「画家に関わるほとんどの人(自分を含む)」と定義し、画家の目的は「お客さん(自分を含む)の心を動かすこと」と定義しました
  • その為に「社会」と「自分」どちらも大切にする必要があると考え、完全に自由である芸術(純粋な芸術)は不可能なのではないかと考えました。
  • 良い絵とは、画家の目的である「お客さんの心を動かすことのできる作品」

という考察をしました。

 

これからは

「誰のために描いているんだろう」

「絵で稼いではいけないのか」

「純粋な芸術が描けなくなってしまうのでは」

と悩まずに生きていけると思うと、とても嬉しく思います。

 

しかしながら賛否両論あるかと思いますので、

コメントまたはタグ付けをして発信していただけたらと思います。

 

長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

#画家は誰のために絵を描くのか

POSTED COMMENT

  1. 加藤陽士 より:

    私は、絵画は幸せを売る仕事だと思います。
    幸せの定義はありますが、道徳心というものを優先させることも大切かな、と思います^^
    日々、葛藤の繰り返しで絵を描いています。
    自分の心の健康の為には、お金は必要だと今は思います。

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